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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)339号 判決 1968年6月13日

上告人

堤清修

代理人

上野開治

被上告人

株式会社鵜の木

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上野開治の上告理由第一点について。《省略》

同第二点について。

商号は、法律上は特定の営業につき特定の商人を表わす名称であり、社会的には当該営業の同一性を表示し、その信用の標的となる機能をいとなむものである。商法二三条は、このような事実に基づいて、自己の商号を使用して営業をなすことを他人に許諾した者は、自己を営業主と誤認して取引した者に対し、同条所定の責任を負うべきものとしているのである。したがつて、現に一定の商号をもつて営業を営んでいるか、または、従来一定の商号をもつて営業を営んでいた者が、その商号を使用して営業を営むことを他人に許諾した場合に右の責任を負うのは、特段の事情のないかぎり、商号使用の許諾を受けた者の営業がその許諾をした者の営業と同種の営業であることを要するものと解するのが相当である。

ところで、本件において、原審の確定したところによれば、上告人は、その営んでいた電気器具商をやめるに際し、従前店舗に掲げていた「現金屋」という看板をそのままにするとともに、上告人名義のゴム印、印鑑、小切手帳等を店舗においたままにしておき、訴外篠崎が「現金屋」の商号で食料品店を経営することおよびその後経営していたことを了知していたこと、同訴外人は、本件売買取引の当時、右ゴム印および印鑑を用いて上告人名義で被上告会社の前身である合資会社鵜ノ木商店にあてて約束手形を振り出していたこと、上告人は、自己の営業当時、売上金を「現金屋」および上告人名義で銀行に普通預金にし、その預金の出し入れについて上告人名義の前記印鑑を使用していたが、訴外篠崎が食料品店を始めるに当たつて、同訴外人に対して自己の右預金口座を利用することを承諾し、同訴外人もこれを利用して預金の出し入れをしていたこと、同訴外人は上告人の営業当時の使用人であり、かつ上告人の営業当時の店舗を使用した関係にあつたというのである。このような事実関係のもとにおいては、訴外篠崎が、上告人の廃業後に、上告人の商号および氏名を使用して上告人の従前の営業とは別種の営業を始めたとしても、同訴外人と取引をした被上告人の前身鵜ノ木商店がその取引をもつて上告人との取引と誤認するおそれが十分あつたものというべきであり、したがつて、上告人の営業と訴外篠崎の営業とが業種を異にするにかかわらず、なお上告人において同訴外人の右取引につき商法二三条所定の責任を負うべき特段の事情がある場合に当たるものと解するのが相当である。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について。

所論指摘の被上告人の重大な過失は、商法二三条の定める責任を免れようとする上告人において立証責任を負うべきものと解すべきところ、この点については原審において主張立証がなかつたのみならず、原判示によれば、原審は、被上告人の前身鵜ノ木商店が訴外篠崎との間の本件海産物の売買取引について上告人を営業主と誤認したところにつき重大な過失がなかつたものと判断して、上告人に対し商法二三条に基づく責任を負わせていることを窺うに足り、右判断は、その確定した事実関係のもとにおいては、正当として是認することができる。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎)

上告代理人の上告理由

第二点 二、商法第二三条にいう商号とは商人がその営業上自己を表示するために用いる名称であつて、社会的には営業の同一性の認識の標準となるもので単一であるべきであるから、商号即ち営業を著し営業主を表象するものである、実際的には営業と結合したもので企業の維持に奉仕するものである。

而して同条の趣旨は営業の外観を信頼してこれと取引関係に立つ善意の第三者が不測の損害を蒙ることのないよう保護することにあるのであるから、実際には或一定の商号を以つて現に自ら営業を行つている者が、他人に対しその商号をもつて営業をなすことを許諾する場合である。

然るに本件に於ては上告人は既に現金屋たる電気器具販売業は廃止し商品を引揚げて遠く離れて本業たる新聞配達業をしているものであつて、この時既に「現金屋」という商号は消滅しているのである。

訴外篠崎が使用したという「現金屋」の商号は電気器具販売とは類似もしない食料品販売であつて外観上全く別の営業である。

本件店舗にしても間口一間五尺、奥行約四間(第一審富松証言)の借家で真に貧弱のもので商号によつて営業の維持に奉仕さるべき状態ではない。

右の如く上告人の使用した「現金屋」の商号と訴外篠崎が使用した「現金屋」の商号は別異のものであり少くとも之を使用したものと解されず又之を判示の事実のみを以つてしては黙認したとの原判決は商法第二三条の解釈を誤つているから原判決は破棄さるべきである

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